もちろんたとえばの話ですが、ヒトなんてどうなるかわかりません。一寸先は闇でござんす。 もしも明日僕が事故か何かで死んでしまったら。それをすぐに知ってくれるのって、家族や親しい友人、仕事関係の人たちくらいじゃないでしょうか。
僕が明日死んだら
夕方、観光客がはけるのを待って、拝観時間の終了間際に西本願寺へ。

しんとした広い畳の上に正座していると、心が落ち着いてくる。
手をあわせながら、僕がもしも明日死んだら、どうなるだろうか、と考えてみた。
「七つの習慣」というビジネス書の冒頭に、自分の葬式をイメージさせるというくだりがある。参列者が自分のことをどう語るか、想像してみろ、立派だったと言われる生きろというのだ。
僕は独身だ。母親は泣くだろう。父親はわからない。友達はきてくれるだろうか。大切なあの人は泣くだろうか。いや、葬式には来てくれるだろうか。人は僕をどんな人物と語るだろうか。 パスワードロックされた僕のPowerBook、ハードディスクに入ったデータはそのまま処分されるだろう。愉快でいとしい思い出もたくさんあるが、それでいい。www.fmod.jpサイトは仕事仲間の誰かが引き継いでくれるかもしれない。
明日も、悔いが残らないよう、よりよく生きたい。そう願った。
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